生産性と現金収入と自己肯定感の関係

こんにちは。えるぞうです。

 

何度かちょこと書いてますが、現在休職中です。

日々安穏と過ごしており、毎日なんとなく雑文を書いたりして生きてます。

 

ヒマと言えばヒマだし、かと言ってやることがないわけでもない。

でも、どうしても満たされない思いでいっぱいになることがあります。

 

要するに、生産性が限りなく低いからです。

 

巷で「生産性」というワードをよく聞くようになりました。

その心は、あくまで「現金収入」と言う意味なのでしょう。

「生産性」の意味するところの是非はとりあえず置いておいて。

 

やはり、生産性=現金収入がないのは非常にツライ。

 

もちろん、すぐに生活が破綻するとかいう危機感ではありません。

自己肯定感が下がっていくことに真綿で首を絞められるような焦燥感があるのです。

 

こうしてブログを書いていることもそれなりの充実感があります。

わからないことだらけで、調べてやってみて失敗して考えて…と試行錯誤しています。

今まで知らなかったことを勉強する毎日です。

しかし、現金収入を得るところまでたどり着けていません(痛)

 

「金を稼ぐ」ということは、大きな自己肯定感につながるのだと実感しています。

 

休職中にブログを始め、他にもメルカリなどのフリマアプリで小銭を稼ぐことを始めました。

どちらも、何が金になるのか、売るためにはどうしたらいいのか、などと今まで考えなかったことを考えるようになりました。

今までの仕事を活かしながら、仕事のように結果を出すことを目的に取り組んできました。

 

やはり、結果が出やすいフリマアプリは、短期で「生産性」を得られる充実感がありました。

逆に、長期的で結果が見えにくいことはモチベーションを保つのが難しいです。

 

私の本業は事務系です。

それなりに専門職でベテランの域だと思います。

しかし、「営業の方が偉いんだから気を遣え」のような言外の圧力をいつも不快に感じていました。

 

これって「お父さんのほうがお母さんよりエライ」みたいなもんだと思うんですよね~

 

お母さんは専業主婦で現金収入がないかもしれない。

でも、お母さんが生産性のない部分を引き受けてくれてるから、お父さんは生産性を上げられるとも言えるのです。

 

スイマセン、このへんは私怨でした…

 

結局、金を稼ぐことは楽しいのです。

 

金を稼ぐのはもちろん「食うため」ですが、根本的には「自分が自分であるため」なんだと思う。

 

このブログも、いずれは(ほんの少しでも)現金収入につながればいいな…というゲスな思いで実は続けています。

 

本業(サラリーマン)以外で稼げるようになったらいいですねえ。

会社辞めないけど。

 

日々、仕事に忙殺されているとそれ以外のことを考えなくなります。

単に時間がないというのもありますが、考える必要がないと思い込んでる気がします。

 

逆にヒマだと余計なことを考えるとも言えます。

今まで考えなかったことを考えるようになっただけでも、休職は意味のあることだと思います。

いや、思いたい。